日本同様、イギリスでも大規模な保健医療・福祉改革が進んでいる。新しいシステムを構築する試行錯誤の時代にあって、イギリスの取り組みに関心をもつ日本人も少なくない。今は日本にいながら各国の研究所や公立機関などのホームページで最新の情報にアクセスできるが、問題は大量の情報から自分にとって必要なニュースをどう選り分けるか、長文の読書時間をどう見つけるかということだろう。このコーナーでは、イギリスの最新の社会福祉の動きを知る上で、最も重要と思われるニュースを要約して、気軽に読んでもらえるようにしたい。また、関連のホームページを紹介して情報探索の案内に努めるつもりだ。
*矢部久美子…イギリス在住。英国の高齢者福祉問題について取材・執筆活動を行う。著書に「ケアを監視する―英国リポート」(筒井書房)などがある。社会福祉士。
国会に代わって公的支出を監査する国立監査局 National Audit Officewww.nao.org.ukは 政府からは独立した機関として設置されている。各省庁や他の公的機関 の経済性、効率効果性を調べ、国会に報告するのが業務だが、このほど認知症患者へのサービスと支援 Improving services and support for people with dementia という報告書を提出した(2007年7月)。
www.nao.org.uk/pn/06-07/0607604.htm
これによると、認知症患者数は急激に増加しているにもかかわらず、関連機関の多くは優先課題として取り組んでいない。その結果、診断がいまだに正しく行われず単なる老化現象として見逃されたり、診断が遅れるケースが少なくないという。早期診断が費用効果も高いとされるが、正式な診断を受けている人は3割から5割にとどまっているとみられ、ヨーロッパの他の進んだ国と比べると診断にかかる時間も2倍ほどになっている。
同監査局の調査によると認知症の初期症状と積極的に関わっていくことを重要視している家庭医は3分の2以下だった。また認知症診断や管理のために十分な研修を積んでいると感じている家庭医は3分の1のみ。そして地域精神医療チームの半分は病院の看護師が認知症のニーズについて適切な研修を受けていないと語っているという。
同報告書は全般に費用効果性の高いケアが行われていないことを指摘、診断と初期介入、地域での支援管理、全体的な制度の構築について詳細な勧告をしている。
なお、2007年2月にアルツハイマー協会www.alzheimers.org.ukがロンドン、キングスカレッジなどに委託してデメンシアUKというリポートを出版しているが、同監査局の今回の報告書の重要な証拠となっている。同報告書の保健福祉を含め英国経済の認知症にかかる年間総コストは170億ポンド(イングランドに限ると143億ポンド)という数字もデメンシアUKからの引用である。
2007年8月6日、アルツハイマー協会は「今日は認知症によって悩む何百万という家族にとって画期的な日だ。長い間、認知症は政策の一番後回しになってきた。今日の政府の発表は真の意味で認知症政策の前進である」と声明を出した。
同日、保健省www.dh.gov.ukの保健担当大臣は初の全国認知症戦略を策定すると発表している。戦略の鍵になるのは3点。1つが認知症へのスティグマを取り除き初期症状への認識を高める。2つが正確に早期診断を行うようにする。3つ目が認知症患者の生活の質を最大限に高めるようサービスを改善する。実際の策定に当たるのはロンドン、キングス・カレッジの精神医学研究所、精神保健加齢学教授Sube Banjeree氏とエセックスの成人保健福祉部長Jenny Owen氏。アルツハイマー協会の所長も関係者グループのリーダーとして策定に貢献する。改善計画は2008年夏までに完成が予定されている。
2007年7月19日、国会とヘルス・サービス・オンブズマン(略称PHSO)www.ombudsman.org.ukの2006年度の年次報告書 Putting principles into practice が出版された。オンブズマンが同年度に調査した苦情数は2502件、そのうち1363件が英国の各省や他の公的機関に関するもの、残りの1139件がイングランドのナショナル・ヘルス・サービス NHS www.dh.gov.ukに関するものだった。
NHSに関する苦情の62%は部分的にまたは全面的に訴えが認められている。特に注目に値することは、それら苦情の3分の1に当たるケースがNHS継続ヘルス・ケア NHS continuing health care※に関していること(352件)だろう。ナーシングホームに入居している人のなかには部分的に自己負担している人が多いが、NHS継続ヘルス・ケアの対象と審査されNHSの全額負担で入居している人もいる。その一般にはわかりにくい資格要件の解釈の仕方や審査のあり方をめぐっては常に問題が指摘され、完全には解決されないまま今に至っている。今回の報告書では苦情の352件の3分の1の85%が訴えを認められている。
ただし前年度は3倍以上の1097件も苦情があったというからずいぶんと改善はしているようだ。保健省は誤ってNHSの継続ヘルス・ケアの対象と認められなかった患者に対する賠償支払いなどについて今年3月にガイダンスを出している。
※「NHS継続ヘルス・ケア」は The National Framework for NHS Continuing Healthcare and NHS funded Nursing Care によると次のように定義されている。「“継続ケア”とは18歳以上成人の障害、事故または病気によって生じた身体的または精神保健的ニーズを満たすために長期にわたり提供されるケアを意味する。“NHS継続ヘルス・ケア”はNHSがアレンジし全額を負担することによって提供される継続ケアのパッケイジのことである。」