たらいで、行水をしていますね。この子、ちょっとむずかっているみたいだけれど、どうしたのかしら。おネムかな?
たらいというのは、女の子の入っている大きな桶のようなものですよね。ボクはたらいというと、金属製のイメージだったのですが。
トタンなどでできた金属製の金たらいも出回っていましたが、行水にはやっぱり保温性に優れたヒノキなど木製のたらいがよかったわね。
昭和30年代頃までの家庭ではたらいが大活躍でしたから、欠かせない家財道具ということで、結婚祝いとして贈られることも多かったのですよ。私も叔父から、立派な木製のたらいをプレゼントしてもらって重宝しました。
行水(ぎょうずい)って、水遊びみたいなものですか。
行水というのは、たらいにお湯を入れて体を洗うことなのよ。当時は内風呂のない家も多かったので、行水はシャワー代わりといったところかしら。
この写真では、畳の部屋に新聞紙を敷いてその上で行水をしているけど、私は狭い玄関でそっと入っていましたね。当時は木造の長屋のような所で暮らしていましたから、女性が人に見られないように行水をつかうには、そんな場所しかなかったのよ。今考えると、すごい格好だったわねぇ。
たらいは洗濯をするものだと聞いていましたが、中で体も洗っていたとは…。
毎日洗濯もしていましたが、夏には行水をして、子どもが生まれたときにはたらいで産湯もつかわせましたよ。
子どもが少し大きくなると、長屋の前庭で水遊びもしましたね。日向水にしておじいちゃんお手製の竹筒で作った水鉄砲やブリキのジョウロで、近所の子どもたちと水を掛け合ってはキャッキャと喜んでましたっけ。
たらいは、ベビーバスにも、ビニールプールにもなったのですね。
冷蔵庫の代わりにもなりましたよ。冷たい水をちょろちょろと流しながら、スイカやトマトを冷やすの。うちの子どもたちは冷えるのが待ちきれなくて、何度も交代で触りにいっていましたね。
ビールも冷やしたっけなぁ。
あの頃は、まだビールが高くて贅沢品だったから、時々ね。
特別な日にしか飲ませてもらえなかったけど、だからこそ一日の終わりに飲む一杯のビールは美味かった。子どもたちを膝に乗せての晩酌。それに、冷奴と枝豆があれば最高だったよ。
今も昔も仕事の後のビールは最高ですよね。ところで、洗濯はどのようにしていたのですか。
洗濯板という波のようなギザギザの溝がついている板があったのだけれど、ご存知かしら。それをたらいのふちにかけて、固形の洗濯石鹸をつけて一枚ずつゴシゴシ揉み洗いをするのですよ。すすぐ時には、水の抵抗も大きいでしょ、そりゃ力がいりますよ。大きな洗濯物だと、絞るのも大変でしたね。井戸水を汲み上げるのも力がいったけど、私のお友達なんか、子どもをおぶって川の水で洗濯をしたという人もいるのよ。雪解け水が冷たくて、泣けてきたって。
うわぁ! 大変そうだなぁ。昭子さんの腕の力が強いのは、きっと洗濯のおかげですね。
あら、そうかもね。本当にたらいでの洗濯は重労働でしたよ。でも、今から思えば、共同洗濯場に並んでみんなと他愛のないおしゃべりをしながら洗濯するのは、結構楽しかったわ。体も動かすし、案外ストレス解消になっていたのかもしれないわね。
私は、休みの日に、物干し竿の洗濯物が風に揺れているのを眺めていると、穏やかな気持ちになれたね。息子の小さなシャツや娘のよだれ掛け…。もっとも、雨の日には部屋中がオムツでいっぱいなんてこともあったけど、それもまた良しだな。
あの頃は、布おむつでしたし、乾燥機もありませんでしたからねぇ。
昭和というひとつの時代を手がかりに、記憶をたどってもらうこのコーナー。
今回、紐解いてもらう「昭和モノ」は「たらい」です!