![こんにちは!村田裕子です。
2006年より新コーナー開設!
ここは、ひとことでいうと村田裕子の部屋。
福祉の枠にとどまらず、自由に生活者の視点で心に残った輝きを綴っていきます。
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三日坊主を懸念しながら、ラジオ体操を始めてみた。踵にあった大きめのホクロを切除し、その傷とにらめっこ(※)をしている間にすっかり衰えてしまった体力と筋力を取り戻すきっかけにしようと思い立ったのだ。
朝の6時30分、ボーッとしたままリビングのテレビの前に立ち、10分間の体操をする。たった、これだけ。それでも、終るころにはうっすらと汗ばむほどの運動量。硬くなった身体を伸ばしつつ、明日の筋肉痛を確信する。早起きにも自信がないし、三日坊主どころか三日ですら続けられるかどうか…。
「早く起きなさい。もうラジオ体操が始まっちゃうわよ」と、母に急かされて近所の公園に向かった夏休み。「おはよう」と声を掛け合う仲間がいて、見守ってくれる地域のおじさん、おばさんがいた。なぜかラジオ体操第二の「腕とあしをまげのばす運動」が気恥ずかしくて、みんなでクスクス笑ったっけ。慣れ親しんだ体操をしていると、そんな子どものころの当たり前の風景を思い出す。
ラジオ体操が、初めてNHKの電波に乗ったのは1928年11月。さらに、1930年の夏休みには、東京神田の公園で「早起きラジオ体操会」が始まったそうだ。その80年の歴史を振り返る記念展が、東京大手町にある逓信総合博物館で開催されていた。
握り拳も勇ましい昭和初期のポスターや、佃公彦作によるラタ坊ことラジオ体操坊やのキャラクター、多くの人がラジオ体操をしているビデオや写真も紹介されている。私はそこで初めて、ラジオ体操は国民の健康の保持・増進を目的として、逓信省簡易保険局(現かんぽ生命保険)が制定したものだと知った。しかも、全国ラジオ体操連盟という組織が1962年には結成されており、ラジオ体操指導士という資格まであるとは思いもよらなかった。
1951〜52年に制定された現在の三代目ラジオ体操は、誰もができる「第一」と体力・筋力の強化が期待できる「第二」を併せて26項目。その運動説明とポイントを改めて図解で見ると、前の運動の終わりの姿勢がそのまま次の運動に繋がっている。だから、動きがスムーズなのだ。体全体をバランスよく動かしていることも伺えた。
そういえば、高齢者デイサービスで、利用者のお年寄りがビデオを見ながらラジオ体操をしている姿を見かけたことがある。スタッフによれば、皆さんが良く知っていて音楽が始まると自然に身体を動かし始めるし、車椅子に座ったままできるので毎日続けているとのことだった。どこでも、誰にでもできるラジオ体操ならではだろう。
筋肉痛と弱気な心を抱えながらもなんとか1週間が過ぎ、気がつけば休日の朝も6時に目が覚めていた。病み付きとまではいかないが、音楽に合わせてリズミカルに体を動かすのは気持ちがいい。肩凝りが少し軽くなった気もする。せっかくだから、このあとダンベル体操を追加しようか、流行の朝バナナダイエットとの併用もいいかも…。と、ちょっと調子に乗ってきた。早起きとラジオ体操が、心にも活力を与えてくれたようだ。あとは、体力と筋力の回復を目指して、イチ・ニ・サン!と続けましょ。