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NO.23

一枚の写真から

 ちょうど昭和から平成にかけての時期だったと思うが、ビッグコミックオリジナルという漫画雑誌を愛読していた。「浮浪雲」「釣りバカ日誌」「人間交差点」などのロングセラー作品に心ひかれ、時にはほろりと泣かされた。
 中でも、昭和30年代を舞台にした「三丁目の夕日 夕焼けの詩」は、ほのぼのと懐かしく、胸の奥がほっかり温かくなるような作品だった。とはいえ、当時はこの一話完結のコミックが、まさか後に映画化されて昭和ブームの火付け役になるとは思ってもみなかった。
 ましてやこの私が、昭和を題材にした『昭子おばあさんに聴く 昭和モノ語り』の原稿を書くことになろうとは…。

 実家の天袋の奥に、横長の真っ黒なアルバムがある。そこには出征前の父の、花嫁姿の母の、そして幼い日の私の姿が残されている。私の知らない若き日の父や母と、物心つく前の私自身の姿は、何度見てもこそばゆい。しかし、そんな私のいたたまれない思いとは対照的に、母は生き生きと語り始める。
 「この白くてポチャポチャした赤ん坊があなたよ。親戚のお姉さんたちに、アチャコって呼ばれていたの。よく熱を出す子でねえ…」など、母の思い出話はぐんぐんヒートアップする。ちなみに、アチャコというのは昭和の人気漫才師花菱アチャコに似ているからと付けられたニックネーム。もちろん、かわいい赤ちゃんからは程遠い形容だ。だからというわけではないが、母の楽しそうな笑顔の横で、私はますます逃げ出したい気分になってくる。
 高齢者に寄り添い、その人らしい暮らしを支援したいという介護スタッフの熱意に応えた新連載の企画をいただいたとき、私は古いアルバムを前にした母の表情を思い浮かべた。母の思い出話の良い聞き手にすらなれない私が、それでも『昭和モノ語り』の世界へと踏み入ったのは、あの生き生きとした母の笑顔が昭子おばあさんや、さらにその向こう側にいる大勢の高齢者たちと重なったからだ。それは、今ブームともなっている昭和30年代〜40年代に、日本の高度成長期を支えてきたお父さん、そして主婦として家庭を切り盛りしてきたお母さんたちの姿だった。
 映画「ALWAYS三丁目の夕日」にもでてくるオート三輪、駄菓子屋、洗濯板に盥(たらい)など、高齢者の記憶の中にありそうな「昭和モノ」の写真をもとに、昭子おばあさんによって語られる思い出を通して、高齢者の生きてきた時代を知ってもらおうという『昭子おばあさんに聴く 昭和モノ語り』。
 この連載ならば、「思い出語り」や「回想法」のような専門的な知識がなくても、介護スタッフと高齢者との会話の中で日々ご活用いただけるのではないかと思う。コミュニケーションのきっかけとなり、きっと高齢者と介護スタッフの世代間ギャップを埋める糸口ともなってくれると期待している。忙しい日常のケアの中で、高齢者の生きてきた時代や過去の生活に思いを馳せ、その人らしい暮らしを支援しようという熱意を持った介護スタッフを、今、私なりにアシストさせていただきたいと思っているのだ。

 高い建物が少なかったせいか、昭和の時代にはいつも美しい夕日が身近にあったような気がする。父は、母は、そして昭子おばあさんたちは、その夕日をどんな思いで見つめてきたのだろうか。
 これからは時々、母の思い出話にも付き合ってみようと思う。一枚の写真から見えてくることは、ほんのわずかかもしれないが、その積み重ねは決して小さくはないはずだから。

2008.05│PermaLinkProfile
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連載の更新頻度が変わります

 いつも当連載をお読みいただきありがとうございます。このたび、本連載は、エッセイ上でも紹介されております「昭和モノ語り」と交互に隔月で更新する形に変更させていただくことになりました。
 これからも心に残るエッセイをお届けしていく所存でございますので、毎月の更新を楽しみにしていただいた読者の皆様には大変申し訳ございませんが、今後ともご愛読賜りますようお願い申し上げます。

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