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NO.18

思い出のチカラ

 3歳のクリスマスに、人形を買ってもらった。その人形に、私はマリちゃんという名を付けた。
 マリちゃんはソフトビニール製ながらビスクドールを思わせる顔立ちで、起こすとパッチリ開くブルーの瞳と、三つ編みもポニーテールも結える長いブロンドの髪が特徴だ。なぜかキューピーのような幼児体型だが、ドレスの下にはちゃんと白い木綿の下着も着けている。哺乳ビンで水を飲ませることができたので、ミルクのみ人形だと思っていたが、調べてみると昭和30年代前半に流行ったカール人形というものだった。

 一人っ子の私にとって、カール人形のマリちゃんはかわいい妹であり、何でも話せる親友であった。しかし、私がその存在の大きさを思い知るのは、小学校も高学年になってからだ。
 その頃になると、さすがに私はマリちゃんといつも一緒にいたわけではない。ある日学校から帰ると、叔母と従姉妹が家に遊びに来ていた。見ると、8歳年下の従姉妹が私のマリちゃんを抱いている。そして帰りがけ、どうしてもそれを手放さない従姉妹に、母は「もうすぐ裕ちゃんも中学生になるのだから、持っていっていいわよ」と、言ってしまった。
 ずっと傍にいるものと疑いもしなかったマリちゃんが、従姉妹の手に渡ってしまう。私は慌てた。「いや、いや! だめ、だめ、だめ!」と心の中で叫んだが、もうすぐ中学生になると思うと、ついにその言葉を口に出すことができなかった。
 マリちゃんを失ってからしばらくの間、私は誰にも言えない寂しさの中にいた。いつも黙って話を聞いてくれる小さな人形が、どれだけ私の心にチカラを与えてくれていたことか。無くしてみて、初めてその存在の大きさに気がついたのだ。
 そんな私を見て、母も後悔していたと知ったのは、それから30年も経ってからのことだった。消費生活コンサルタントとなった私が、若いお母さんたちの前で「おもちゃの選び方」をテーマに講義をさせていただくことになった。何気なく母にその話をしたところ、まるで懺悔でもするかのように母はマリちゃんについて語りだした。成長した娘に、もはやカール人形は不要と判断した母もまた悔いていたのだ。
  私たち母娘が互いの気持ちをわかり合えるまでに、30年のもの時を要してしまったが、これでやっと私の中のマリちゃんは思い出にかわることができた。

 イルミネーションが街を彩り、クリスマスキャロルが流れる季節になると、カール人形のマリちゃんを思い出す。きっと、こんなささやかな思い出の一つひとつが、今の私にチカラを与えてくれているのだろう。

2007.11│PermaLinkProfile
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