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NO.17

小枝の遊印

 このエッセイページで、やけに目立っている丸顔・メガネの大きな顔。厚かましくも、この似顔絵でハンコを作ってしまった。それも簡易なゴム印などではなく、自然木の小枝に絵柄と文字を刻んだ遊印。遊び心のある現代風落款だ。

 浅草に店を構える印章彫刻師の伊藤睦子さんは、ペットや干支の動物、昆虫、花、果物、七福神やお月見団子、サンタクロースなどの季節ものから、お地蔵様にサッカーボールまで何でも彫って、その人だけのハンコを作ってくれる。楓、紅葉、椿、竹の根、山椒、茶など自然木の小枝に彫られた遊印の表情豊かな絵柄は、見ているだけでも楽しい。
 私の絵柄は、タヌキかパンダかお多福さんかと悩みに悩んだが、どちらにしても思い浮かぶのはまぁ〜るいイメージのものばかり。結局、「あなた、これがいいじゃない」と言われて決定したのが、名刺に描かれていた丸顔・メガネの似顔絵だった。
 素材となる小枝には、迷わず桜を選んだ。印刷用の版木として使われていた桜の木には、約300年前に「曽根崎心中」などで一世を風靡した浄瑠璃・歌舞伎脚本作者・近松門左衛門の辞世にこめられた思いがある。「それぞ辞世 去(さる)ほどに扨(さて)もそのゝちに 残る桜が花しにほはゞ」(後の世まで作品が残れば、それこそが辞世だ)という歌から伝わる「残った作品こそすべて」の覚悟を、少しでもお裾分け願えればと思ったのだ。
 ずいぶんと思いをこめて遊印を選んでいるうち、ふと実印のことが気になった。今まで、平凡な苗字なのをいいことにハンコはいつも三文判で済ませていたのだ。印鑑登録の時も、とりあえず手元にあったものを使用して、そのままにしていた。これでは本末転倒、せっかくの遊印も居心地が悪くなってしまうだろう。黒水牛の素材とはいえ2万5000円はちょっと厳しいが、ここで見送ったらまた作るチャンスを逃してしまう。思い切って、実印も彫ってもらうことにした。

 秋の夕間暮れ、出来上がったばかりの印鑑を持って、私は浅草の町を歩いていた。少し気分が高揚しているのは、金木犀の匂いのせいか、それとも二本の印鑑のせいだろうか。
 赤い印伝のケースに入った黒水牛の実印はずっしりと重く、そして美しかった。今はやりの‘品格’とまではいかないが、何度目かの成人式を迎えたような気分だ。フルネームで彫られた印鑑を改めて眺めていると、嫁いで姓が変わった時の緊張感が蘇える。丸顔・メガネの遊印も、嬉しそうに微笑んでいた。
 この似顔絵に負けない笑顔を、私はいつまで続けられるか…。ちょっと気になったが、それよりまずは印鑑登録だ。実印を持って区役所へ行こう。そして、遊印の初お目見えも、この場をお借りして、

[IMG]ゆうこ印 ポン!

2007.10│PermaLinkProfile
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