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NO.2

ぶぐばぐ、ぶぐばぐ〜

 役に立ったことは一度もないが、早口言葉がわりと得意だ。
「生麦、生米、生卵」や「隣の客はよく柿食う客だ」くらいなら、完璧に言える。「坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた」に至っては、光通信並みの超高速で言うことができる。
 だから、いつも気になっていた。アナウンサーや劇団の俳優さんたちが活舌(かつぜつ)の訓練のために言わされるという『外郎売』(ういろううり)の言い立て。「ぶぐばぐ、ぶぐばぐ みぶぐばぐ〜。きくくり、きくくり みきくくり〜」といった、早口言葉でいっぱいらしい。

 この5月に、市川團十郎が歌舞伎座の『外郎売』で復帰すると知り、迷わず席を取った。白血病の再発という大病を克服した團十郎扮する薬売りが、小田原名物の妙薬「外郎」(ういろう)の故事来歴や効能を弁舌鮮やかに言い立てていく。薬を一粒服用すれば、その効き目が即座に顕れ、どんどんスピードを増していくという趣向だ。お腹の底から響く声と、リズム感のある台詞回しが心地好い。
 ますます『外郎売』に取り付かれてしまった私は、小田原の東海道沿いにある店舗にまで出掛けていった。八棟造りを現代の工法により再建したという小田原城のような建物。その格式ある店構えに圧倒され、恐る恐る中へと入る。薬売り場は込み合っていて、何人かのお客が並んでいた。「外郎を…」というと、自信のなさが伝わってしまったのだろうか、「薬ですので、初めての方は薬剤師の面談を受けてください」と言われる。“歌舞伎十八番の内『外郎売』”といったノリで来てしまった私にとっては、思いもかけぬ展開だった。
 『外郎売』の言い立てには、実際にこの薬により咳と啖の病が全快した二代目團十郎が、感謝をこめて自作自演(1718年)したという謂れがある。それを思い出し、「喉に効くと聞いたので…」と切り出してみた。薬剤師は腹痛、頭痛等にも効くことや、症状別の飲み方を説明してくれたが、もちろん團十郎風の言い立てではなかった。
 外郎は直径3oほどの小さな銀色の粒で、1粒舐めてみると漢方薬特有の味と匂いがする。「懐中必携之霊剤」と謳われていたので、急な咽喉痛や胃痛、腹痛に備えてバッグに忍ばせておくことにした。

 とにかく428粒入り3000円の外郎を無事購入。併せて、『外郎売』の言い立て全文も手に入れることができた。おかげで、何のことか見当もつかなかった「ぶぐばぐ」が「武具馬具」、「きくくり」が「菊栗」であることもわかった。
 約1800字にもなる旧仮名遣いの全文は読みこなすだけでも大変だが、それでも腹式呼吸でお腹から声を出し、顔面筋肉を目いっぱい動かしながらワンフレーズずつ言ってみる。とても團十郎のように弁舌鮮やかとはいかないが、それなりに気持ちは良い。「もしかすると、これってアンチエイジングに有効かも?」と思えてきた。
 そんなわけでこの夏は、せいぜい『外郎売』になりきって、脳も細胞も活性化させたいと思っている。

2006.07│PermaLinkProfile
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