−アサラマレコム通信NO.3−
厳戒態勢の中、今後の支援活動のあり方を問う
■セキュリティの悪化続く■
2003年11月に入ってからも、徐々にセキュリティは悪くなっていたが、特に16日ガズニ州で起きた国連の国際スタッフの殺人事件を境に、坂道を転げ落ちるように悪化している。同じく東部のクナール州、ヌーリスタン州ではアメリカ軍が軍事作戦を展開していて、ラグマン州では、援助職員を狙った誘拐が計画されているという話もある。この東部4州全体も含めてアフガン全土が揺れている感じ。しかも、明らかに援助関係NGOの国際スタッフは、狙われているという。
ANSO(NGO活動のセキュリティ情報を出している団体)からも、非常に
強い調子のアドバイスが以下のように出ている。
・必要最低限の活動に留める。
・事業地へ行くのは自粛する。
・必要最低限のスタッフ以外は自宅待機すること。
・午後4時半には事務所を閉める。
・午後7時以降の外出禁止。
12月2日には、そのANSOにおいて、セキュリティプランと国外脱出プランの作成について会合があった。国際スタッフがいるNGOはジャララバードに16団体あるが、明らかにテロのターゲットと明記されている。SVAも、もちろんその中に入っている。
10月18日に、ビン・ラーディンによる声明として、日本がはじめてターゲット
として言明された。そして11月29日にはイラクにおいて日本人外交官が2名殺害されたこ
ともあり、最近ご心配のメールを頂くことが多くなった。昨日、在アフガニスタン日本大使館から、カブールに自爆テロの車輌(ダリ語で32195と書かれたナンバープレート)が潜入していて、それが日本の権益をねらったものだとの最新情報も入った。
こちらでも対策をとっていて、先月中旬には日本人宿舎をより安全な場所に引
越し、イード休み(ラマダン<断食月>明けの休み)には、早めに事務所を閉め
てパキスタンに移動し、その際、重要書類をまとめたり、また、ANSOの国外
脱出計画に参加するための計画も作っている。
ラマダンの間だったこともあり、夜は比較的おとなしくしていたので、こ
の1ヶ月以上も静かな夜が続いている。町に行くのも控えていて、買い物はすべ
て、アフガン人に任せている。床屋もいけないので、この前、国境を越えた際パ
キスタンで髪を切ってきた。でも、何か不思議なのは、時折、車で通り過ぎる街
は、いつも通りにアフガン人であふれ、この光景を見たら、いたってごくありふ
れた風景で、特に緊張感を感じる様子でもない。普通の生活が営まれているの
だ。また、自分としては精神的には比較的落ち着いている(つもりでいる)。も
う、この状態が当たり前になっていて、気にしているとやってられないから、異
常な状態を自然に受け止めているのかもしれないとも思う。
外国人に対する事件の確率が高いのだろうけど、日常的にアフガン人にも強盗
事件、殺人事件が起きているのも事実だ。3週間前に、いつも通る幹線道路で11
歳の少年が爆死した。彼は、日銭を稼ぐためゴミ集めの仕事をしていて、鉄くず
を拾った瞬間に爆発したという。聞いた話では、足の一部が残っただけで、体は
バラバラだったという。私も爆発の2時間前に現場を通過していて、現場は事務所
から1キロくらいのところだ。この少年の人生である11年間は、なんだったんだ
ろうと思うと、何かやりきれない気持ちになる。
安心して活動ができるようになるまで、あと何人犠牲がでるのだろうか?
■啓蟄(けいちつ)時から深める時■
前回、事業が次々と立ち上がっていたことを報告したが、今はそこからさらに
課題が見えてきて、今後の方向を考える時だと感じている。
■子ども達の居場所、コミュニティ文庫■
例えば、コミュニティ文庫。これは事務所のそばに開設した絵本専用文庫であ
る。活動当初は、学校が夏休みだったことと、物珍しさが手伝って常時100人以上
の子どもが集まり、部屋に収まりきれず、朝の山手線という感じだったが、学校が
始まってからだいぶ落ち着いた。ただ、ある日突然「この文庫を中止すること」と、ある行政関係者が伝えに来たり(一説によるとワイロの要求という話もある)、女子と男子が一緒に座っているのはけしからんと親からクレームがきた
り、いろいろなことが起きる。しかし、嬉しいのは、常連の子ども達が確実に増
えて、子ども達の居場所になっていることだ。ここに来るのをとても楽しみにし
ている。ただ、最近心配なのは、外国のNGOということでテロの標的になるこ
とと、子ども達の誘拐である。あまりにも手狭なので、移転をする予定で現在物
件を探しているが、活動内容と共に、セキュリティにも相当神経を使う必要があ
ることを実感する。
■アフガン流読み聞かせ?移動図書箱活動■
デライヌール郡で始まった移動図書箱活動(一定の絵本を箱に詰めて、読み聞
かせも兼ねて絵本を巡回させるもの)も、バチコット郡、州都ジャララバード市
でも始まり、面的な広がりも見せている。当会スタッフで、元教員のカベールは、すっかり絵本の読み聞かせが板についた。子どもが好きでたまらないようで、まさに天職という感じ。こちらの予想以上に頑張っている。
たまに学校に行く際、彼に同行するが、気になったのは、アフガン流?の読み方だっ
た。彼もいろいろ工夫していて、自分なりに考えた方法なのだが、それは、最初に絵本の説明をして、それから絵本を読み始めるというもの。その後、子どもを指名して、
子どもが前にでて、詠み聞かせを披露する。絵本というのは絵が命だし、読む前
に絵本の内容を説明したら(長い時は10分以上)、それこそ面白くないと、私
は思ってしまう。彼が元教員ということもあり、アフガン特有の授業風景である
「先生の一方的な教授法」が身についているのかと思える。この点を同僚の山本さんに
も相談してみたが、カベールなりに工夫していることや、基本的には、大人は子どもの前では感情を移入して絵本を読むことはふさわしくないと思われるこの国特
有の文化もあるのだろうという。簡単にいえば、当会が東南アジアで行なっているような
読み聞かせは、ここアフガンでは、難しい面もあるということだろう。でも、子どもの主体的な参加を考えると、このままではどうなんだろうと思ったりする。しかし、結局、アフガンの人が一番良い方法を築いていくしかないので、もう少し様子を見ようと思う。
■絵本出版も印刷段階に入る■
地元で昔から言い伝えられているもっとも一般的な5つの話を文章にし、地元の絵描きに挿絵を描いてもらって教育省に提出したところ、11月末に出版のOKが出た。あとは印刷所に持っていき、1月中にはアフガンの民話を
元にしたパシュトゥン語の絵本が刷り上る予定。地元の印刷所に頼んだのでどれ
だけ品質が保てるのか不安もあるが、その印刷所が示した見本を信じるしかない。
今回出版を決めた絵本には、日本や各国で言い伝えられているような話もある。
例えば、『息子、お父さんとおじいさん』という絵本。主人公であるアーマッド
は、父が、年をとって衰弱したおじいさんをカゴで背負って山に連れて行こうす
るのを目撃する。それを見た彼は、父にそのカゴを持って帰るように伝えた。父
が理由を訪ねると、父が年をとったら自分も山に連れて行くからと言い、それを
聞いた父が自分を恥じて、家に戻り、おじいさんに謝ったという話。また、『あ
りとかえる』は、まさに『ありときりぎりす』のアフガン版だ。
■いきいきしている、児童労働?■
場所は変わって、パキスタン・ペシャワール。ACC(アフガン子どもセンター)
が軌道にのってきた。センター近くのアフガン人のシャルク・ロード難民キャ
ンプを訪ねた。推定人口5千人(800家族)で、キャップの入り口には、ゴミ回収
業の小屋があって、ゴミを拾ってくる子ども達で賑わっていた。鉄1キロ
拾うと相場が10ルピー(ルピー=Rs。約20円)で1日の稼ぎが25Rsぐらいだという。キャンプ内に入ると
道の至るところにゴミがあり、汚水が道の真ん中を流れていた。(でも、きちんと流れているから排水溝とでも言うべきか?)
しばらく行くとアフガンじゅうたん製造工場があるので、訪問させてもらった。
一角がすべて、手作業による工場になっていて、作業員が100人くらいはいた。
作業員といっても、全員男子で6〜12歳と思われる子どもが中心。じゅうたん
を縫う台の前で2〜3人が一組となってもくもく作業している。本当に根気のいる手作業だ。責任者(非常に怪しいパキスタン人だった)の話だと、1m四方の
じゅうたんを作るのに、子ども3人で20日間かかり賃金は合計で2,500Rsだという
(これを単純に計算すれば一人一日40Rs。約80円)。作業風景を見たら確か
にそれくらいは時間がかかると思った。中には、一日100Rsを稼ぐ子どももいる
という。印象的だったのは、子ども達が非常に楽しそうに作業をしていて、カメ
ラを向けると、あっちこっちから撮ってくれと催促の嵐になることだ。
人間は悲惨で大変な現場ほど、大変な顔をしているのではなく、実は、笑うしかないとも聞く。この子ども達に少しでもセンターに来る時間があれば、
いいなと思いながら、現場をあとにした。
番外編
■はじめてのラマダン(断食月)を終えて■
11月24日(月)、4週間にわたるラマダンが終わった(国によって2〜3
日ずれる)。ご存知の通りイスラム教の5行のひとつで、様々な困難に打ち勝つ
訓練とすべての人が平等に空腹を味わうことで貧しい人の気持ちを理解するため
と言われている。日の出前から夕方まで、一切食事と水を摂らない。朝は午前3
時過ぎに起きて非常に早い朝食をとっている。空腹と眠気で午後は仕事にならな
いと聞いていたので、勤務時間も他のNGOにならって、午前7時から午後1時
半の変則勤務となった。もちろんこの間は、事務所では昼食を支給しない。私は
イスラム教信者ではないから皆から昼食をとっても良いと言われていたが、やは
り、彼らの我慢を考えると、少なくとも、事務所では昼間は一切口に何も入れな
かった。
ただ、見ていていくつか面白いと思ったことがある。例えば、夕方の帰宅ラッ
シュ。午後5時前後(毎日時間が少しずつ変わる)から食事が解禁になるので、
午後4時以降は、交通渋滞。みんな自宅での食事に間に合わせるため、必死で帰っ
ていく。そのため、午後5〜6時は、表通りに誰もいない。まるで、深夜のよう
だが、夜になると町が賑やかになってくる。また、夕方の食事解禁の時の食事を
食べる勢いがすごい。14時間ほど何も口にしていないので、その風景は、日本
で言うとフード・バトル並みだ。私も何度か昼食抜きだったので、早食い競争と
なるのが、それが、結構みんなで食べると楽しく感じる。ラマダンの終盤になる
と、午後の市場の混雑がすごい。ラマダン明けのイード休みの準備で、皆、買い出しに忙しい。日本の正月休みのような感覚でみんなが衣服を新調するのもこの時期
だと聞いた。
ただ、失敗したこともある。この間、カブールに出張する機会があったが、午
後4時に訪問の予定を入れた。午後4時過ぎに同行しているアフガン人スタッフ
を解放すれば、問題ないと思っていたが、それは甘かった。その時間になるとタ
クシーが見つからず、彼らはしばらく雨のカブールを歩きまわり、レストランにたどり着いたと思えば、肝心な従業員が食事中で食事が出ない。ようやく夕食にありつけたのが、午後7時過ぎ。食事の解禁時間である午後5時頃に食事を食べれないとい
うのは、相当配慮に欠けることだということを理解して、そのことはお詫びした。要は、ラマダンの間は、少なくとも午後3時以降は仕事を入れてはいけないのだと感じた。
モスクに行くと、ムラー(宗教者)がコーランを詠むのを2〜3時間も
立って聞いていることもざらだという。
この機会に私も、禁酒とコーラン読破に挑戦した。結果は、禁酒は見事に4週
間成功。コーラン読破は、残念ながら、3分の2で終わった(もちろん、日本語
版)。でも、気分的に非常に新鮮で毎晩静かな夜を過ごしていた。ふだんなら、
コーランを読むのも気合がいるが、この時だけは本を毎日開いた。お酒は飲まな
いというのは、非常に体に良いし、静かな気持ちになれることを実感。そのせい
か、毎日、お月さんを見るのが楽しみというか、静かな気持ちで眺めることができた。月を見ながら、あと何日ぐらいで、ラマダンが終わるかなとアフガン人と語っ
ていたものだ。
家族や知り合いと楽しく夕食をたべ、静かな気持ちでコーランを詠み、モスク
へ通う。とても新鮮な気持ちで、苦しいけど楽しいと感じた初めてのラマダンだっ
た。
■30過ぎても家からの仕送りは当たり前?■
アフガン人の独身スタッフが、イード前に海外へ移住した家族から仕送りを送ってもらったという話を聞いたので、「日本だと社会人になってから、親から仕送
りをもらうなんて、恥ずかしいと思われるよ」と伝えたところ、「アフガニス
タンでは、いくつになっても、助け合うことは全然恥じゃないよ」という答え
が返ってきた。こちらとしては、もちろん、海外に移住したアフガニスタン人は
お金があるということを知っていて、あえて聞いてみたのだが。彼らによると、例えば、結婚式でも皆
で助け合うし、助けない方が恥ずかしいという。私としては、一定の収入がある
のであれば、もらう方が恥ずかしいと思うが、このあたりが、やはり家族・親
族のつながりが重要視されているアフガンならではか?
■値段交渉■
先日、じゅうたんを購入した。当初80ドルくらいだったが、店主が65ドル
くらいまで値段を下げてくれた。ここから勝負どころだ。「これからも、来るか
ら55ドルにしてくれ」「そんなことしたら、原価を割ってしまう。原価は5
8ドルだ」と相手も引かない。最後の落とし文句は、「これは、日本とアフガ
ンの友情のしるしだ。だから、原価割れでも売ってくれ」結局、55ドルまで値切って入手した。自分でも変な理由だと思ったが、相手が納得すれば良いというのが、ここのルールだ。
しかし、アフガン人と一緒に買い物に行くと値切ってくれない。というのは、外
国人の肩を持つというのは、アフガン人同士では、あまり良く思われないし、外
国人は高く買って当たり前という風潮もあるからだ。
値段交渉で大切なのは、時間を使うこと、ねばること、相手が反論できない理
由を見つけることだ。やはり、この国は交渉の文化だと思う。最近、うちのスタッ
フが学校建設の建設資材を購入する機会が増えたが、その値引き理由として、日
本人がここまで来て頑張っているだから、なんとか、それを応援するために我々
も応援しよう、という口説き文句を使うこともあるようだ。
ただ、お得意さんになると、なぜか、サービスが悪くなったり、料金が上がっ
たりするのが、日本人から見ると理解しにくい点だ。
最近、カブール、ペシャワール、イスラマバードのゲストハウスと値段交渉し
たが、つかず離れずに相手を刺激すると、値段を上げにくいという結論に達した。
■イード休みを迎えて■
ラマダン明けのイード休みは、隣国パキスタン・ラホールで迎えた。イスラム
の国だから、外国人が一人でも安心してすごせる町は限られいて、パキスタンで
は、首都イスラマバードとカラチ、そしてラホールくらい。イード休み中は、ゲ
ストハウスもがらがらで、客は私一人と学生風スタッフが5人。しかし、休み中
だから、みんなやる気なし。朝食を頼んだら、出てくるまで1時間以上かかった。外出しても、
店が閉まっているから、何も買えない。観光地に行ったが、家族連れやグループ
ばかり。現地の衣装を着ていても、やはり外国人だと分かるし、第一、一人で歩
いているのは私しかいない。周りから「チャイナ?チャイナ?(日本人と言われ
る前に中国人と思われるのがほとんど)」とささやく声が聞こえ、「ハロー、ハ
ロー」と声をかけてくるし、おまけに視線が集中するから、どこでも落ち着かな
い。
ただ、少数だが、まじめに話を聞いてくる人もいる。かつて日本で研修した人
(ほとんど、車関係の仕事ばかり)がいたり、子どもが真面目に握手を求めてき
たりした。極めつけは、男子高校生グループから、写真を一緒に撮ってほしいと
せがまれ、男子一人ひとりとファインダーにおさまった。彼らは、私と写真を撮っ
たことでとても満足したようで、真顔で何度もお礼を言われた。とても不思議な
感じだった。
でも、イード休みは、日本の正月休みみたいなもので、新調した服で着飾り、
楽しそうだが、一人でいると惨めな気持ちになるので、やはり、今度からは、イ
スラム圏外に脱出するのが、良いかもしれない。